きょう、このBL本、読んだ。

商業BL本(漫画・小説)の感想。ネタバレあり。某文芸編集部編集者/小説編集者歴7年目(+校正者歴3年)。

甘くて切ない / 月村奎(イラスト:yoco)

[あらすじ]ショッピングモールにあるメガネ店で働く律は、幼い頃から不仲な両親を見て育ったため、他人と距離をおき、ひとりで過ごすことに慣れていた。そんなある日、ふとしたきっかけで人気作家の西 倫太朗と知り合い、高校生の弟とふたりで暮らしている倫太朗の家に、料理を教えに行くようになる。人と親しくすることを恐れ、誰かに恋することも、触れられることもなく生きてきた律だけれど、倫太朗といるうちに、やさしさや幸せを知るようになり!?(電子書籍サイトの作品内容より)
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[感想]

せつない

母親から育児放棄され、言葉の暴力で精神的に虐待され続け、就職で家を出たあとも、事あるごとに金の無心と酷い言葉を投げつけられる律を見ているのが本当につらい。
母親の言葉に逆えず、精神的虐待を受け入れ続けてきたせいで、自分自身の存在価値を見出せず、顧客から小さな感謝をもらうことに幸せを感じる心の有り様がせつなくてじくじく痛む。
母親の横暴を受け入れることしかできない現実に押しつぶされそうになりながらも、1人でため息をつく事でなんとかやり過ごし、お弁当を手作りして、やりがいを感じている仕事と好きな作家の本を楽しみに過ごす日々...そんな律のささやかな幸せ感が、意外な出逢いをもたらして...という導入部分からちょっと心が苦しくなる。

甘くてせつない

好きな作家と偶然出逢って交流が始まる...という王道すら、とてもひかえめなじんわりとした展開で、まさにタイトル通り、甘くてせつない。
律が料理を始めたきっかけはとても辛いものだけど、その料理をきっかけに倫太朗との繋がりができ、律の生活の中に倫太朗と倫太朗の弟の健児が入って来る事で、振れ幅が小さかった律の感情が段々と豊かになっていくのがすごくいい。

だからといって、倫太朗と健児、そして律という3人の関係で、いつも律が助けられることばかりなのかと言うとそうではなくて、兄弟の互いへの複雑な気持ちを律が橋渡ししたりして、誰かが誰かに一方的に優しくしたり、手助けしたり、という歪さはないんだよね。
だからこそ、歩みはゆっくりなのかもしれないけれど、律にはちょうどいいんだろうと思う。あと、健児くんの明るい振る舞いが自然なのもいいよ。

そんな風に3人で過ごす時間を得て、涙を流すこと、心を吐露すること...ひとりきりではできなかった経験をしながら自分を見つめ直す律に、相変わらず横暴にまとわりついてくる母親...。あの母親、ほんとにすべての発言が不愉快で胸糞悪い。

だけど倫太朗からの現実的な指摘や助言、優しさを受けながら自分の身を振り返り、最後には母親の痛罵に縛られていた自分に気づいて、いつも受け身だった律が自分から倫太朗へ気持ちを告白するという。
予想できる流れかもしれないけれど、その流れを丁寧に描いているので、テンプレ感は感じさせないです。

付記

個人的にこの小説でとてもいいと思ったところがあって、それは律の母親が安易に心を入れ替えて律と和解するわけではなく、最後まで変わらなかったところ。ムカつくし、本当に腹立たしいし、今後もあの調子でまとわりついて来ることを考えただけでうんざりするけれど、取ってつけたような和解をされるよりは、あの人はあのままっていう方がずっと納得できる。
自分のことしか考えられず、まともな人間関係を築くこともできず、いつまでも変われない母親と、倫太朗兄弟と知り合うことで自分自身を見つめ直して、自分を変えることができた律、という対照的な人生の構図になって終わることに意味があるのだと思う。
もし綺麗事のように涙の和解劇とかが盛り込まれていたら、なんだこのご都合主義のおためごかし...って感じで落胆して、この小説全体の評価が違ってた。



傷ついた心に響く誠実な言葉と真摯な優しさの重なりが、甘くてせつない......そして優しい小説でした。
律と倫太朗との恋愛はまさにこれから、というところで完結したので、この先にある二人の恋愛編も読みたいかな。

繊細な優しさとせつなさで紡がれたこの小説は、月村奎さんの作品の中でかなり好きです✨


では、また!
浅葱 拝