きょう、このBL本、読んだ。

商業BL本(漫画・小説)の感想。ネタバレあり。某文芸編集部編集者/小説編集者歴7年目(+校正者歴3年)。

パブリックスクール —ロンドンの蜜月— / 樋口美沙緒(イラスト:yoco)

[あらすじ]
二年間の遠距離恋愛が終わり、ついに恋人の待つイギリスへーー。名門貴族の御曹司で巨大海運会社CEOのエドと暮らし始めた礼(れい)。まずは自分の仕事を探そうと、美術系の面接を受けるものの、結果は全て不採用!! 日本での経験が全く役に立たない厳しい現実に向き合うことに…!?
エドの名前には頼りたくない、けれど恋人の家名と影響力は大きすぎるーー甘い蜜月と挫折が交錯する同居編!!(電子書籍サイトの作品内容より)



[感想]

現実と理想と...日常の先に続いていく未来について

イギリスでの生活と職探しを通して、礼とエドの間に横たわる”持つ者と持たざる者”という障害が顕著となり、イギリス名門貴族の御曹司で世界有数の海運会社のCEOである”エドワード・グラームズの恋人であること”と”中原礼の人生”について改めて向き合う礼の苦悩と愛を綴った1冊。
礼のエドに対する感情、差別に対する落ち込み、美術という仕事に対する思い等々、概ね予想された内容だったけれど、ここで一つの区切りとするために礼自身が「愛さえあれば大抵のことは飲み込める」という心境に至る必要があったのだろうと思う。

礼の核となる”純粋さ”

ただ、礼の核となっている純粋さは子どもっぽさでもあり、周囲を傷つける残酷さと傲慢さを孕んでいるのだと思わずにはいられなかった。
特に芸術家を大切にしたいという純粋さで、「デミアンを愛しているけれどロブのことも救いたい」という決断を下したことは、礼自身の心を穏やかにしたかもしれないけれど、デミアンに降りかかった火の粉は結局、いつまでも燃え続けるものだと思う。

ロブを根っからの悪人ではないと信じたいから贖罪の方法(SNSで応援メッセをポストするという方法)を示すという提案は、ロブの罪悪感を軽くしただろうし、オープニングセレモニーでデミアンが、作品が自由になることでデミアン自身が恐れから自由になった気がすると心境を語ったことで、礼自身、自分が下した決断の免罪符になったかもしれないけれど、アートがたった一人の誰かの心に届くことの大切さや、人にどう受け入れられるかという概念的な事柄と、「作品を預かる人間が盗作を見逃す」ということはまったく別の問題で、同じ土俵で扱うべきことではないのに、そこを同列に考えてしまう礼は芸術家各々の最大の理解者にはなれても、一流のギャラリストにはなれないんじゃないのかな。
仕事が純粋さだけで成り立っているわけではないことを痛感して尚、あの決断をくだせるのは、残酷な子どもっぽさと冗長な自己満足以外の何物でもないと思う。

とは言え、「神様がキスをして魔法をかけた指」という言葉を信じて抱き続けてきた礼の純粋な強さと甘さは、どんなことがあっても欠けない部分で、それが礼を礼たらしめていて、礼を大切に思う仲間達がそういう礼を丸ごと愛しているのだから、外野は黙っとれってやつでしょうけどね...w

エドパブリック・スクール時代の友人である有力者達に囲まれている礼が、最後の最後に仕事のことでエドを頼り、ロブの件で下した決断に対する友人達の惜しみない協力を得て、礼自身が”持たざる者”から”持つ者”へとなった(持つ者の経験をした)という意味で、この「ロンドンの蜜月」で礼は大きな転換期を迎えたのだと思います。



結局のところ、礼はエドと対等ではなく、一生、対等になれない寂しさを感じて礼は生きていくんだろうけれど、それを認められるようになった分だけ大人になった礼の心境を描くような静かなエンディングは、感情が吹き荒れた本編との対比になっているようでとても気に入りました。


この「ロンドンの蜜月」で、エドと礼の物語はひと段落がついた印象を受けました。
4月28日発売予定のパブリック・スクール新刊は他のキャラの話なのか、それともこの先のエドと礼の話なのか...気になりますね。


では、また!
浅葱 拝