きょう、このBL本、読んだ。

商業BL本(漫画・小説)の感想。ネタバレあり。某文芸編集部編集者/小説編集者歴7年目(+校正者歴3年)。

運命の向こう側 / 安西リカ(イラスト:ミドリノエバ)

[あらすじ]偏見の対象であるオメガでありながらも持ち前の明るい性格で前向きに生きてきた春間。期待を胸に高校の入学式に出席すると、思いがけず運命の番である冬至と出会う。それから11年、アルファであるが故に傲慢なところはあるが愛情を出し惜しみしない冬至と幸せな日々を過ごしていた。だが、子どもを産んでほしいと熱望する冬至とは対照的に春間はなかなか決心がつかない。そんなある日2人はバース性が存在しない別世界にきてしまい……!? (電子書籍サイトの作品内容より)
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[感想]

オメガバースの恋愛を、オメガバース性の存在しない世界で見つめ直す

”運命の番”として出逢い、衝動的に結ばれてからずっと恋人関係にある冬至と春間。出逢いから11年、お互いを思い合って愛し合っていて幸せだけど、唯一、子供を産むことについては受けの春間が慎重になってる。
というのも、子供を産んで自分が変わってしまうことを恐れる気持ちが春間の中にあるからで、その不安の根拠が、発情してオメガ性の本質的な部分が大きくなっているとき、普段の自分と乖離していくようなどうしようもなさを感じてるから、というもので、とても説得力があった。

春間は普段、オメガであることに向き合いながら前向きに生きてるけれど、オメガである自分のすべてを悩みなく受け止めているわけでは無くて、だからこそアルファである冬至との間にある愛情を疑ったことはなくても、オメガである自分のことを信じられないというジレンマを抱いていて、そこの部分を重すぎず軽すぎず上手く扱っていたと思う。

大事なものは大事にするだけ

元の世界では”伴侶”とわかっていたから「好き」という言葉を口に出す必要もなかったし、常に互いのフェロモンを感じられていたので、相手の愛情を疑ったことはなく、何を考えているのか、不機嫌なのか上機嫌なのかさえ相手のフェロモンから感じ取れていたのに、そういう”確実なもの”が一切なくなった世界。
そこで「好き」という感情を言葉にすることで愛情を支え合っている「ただの恋人」という関係がいかに脆いのかということに直面し心細く感じなからも、その一方で、バース性ではない一般男性として、何の弊害もなく仕事に全力を注げる充実感を持つ春間の様子がメインに展開されていて、春間は自分が元の世界で無意識レベルで「男性オメガ」としての意識で行動していたことを実感するんだけど、かといってバース性のない自分がバリバリのキャリアを築いているわけでもない、というのが面白い。
バース性のない世界で、オメガだった自分を過度に扱き下ろしたり、オメガでない自分を持ち上げ過ぎないのがいいです。

逆にアルファの冬至はアルファであったときの優遇はなくなって、仕事面で地道なステップを踏むことになるけれど、それは冬至にとっては大きな問題ではなく、冬至にとって一番大切なことは「大事なものは大事にするだけ」という春間に対する愛情だけだという思いで、元の世界でもバース性のない世界でも変わることはなくて、冬至の愛情の深さは溺愛スパダリそのもの。


元の世界に戻るかどうかという期限日が、春間にとって重要な仕事の日になっていることも、一瞬で消えるトークアプリの仕事が、元の世界に戻ったときに、並行世界の”自分”にメッセージを飛ばし飛ばされてくるという伏線になっているのも、物語のピースとしてぴったりとくる配置になっていて、まとまりに無駄がない印象です。
また、元の世界で子どもは産まない宣言をしていたもう1組のα×Ωのカプも同時に別世界に飛ばされて来ていて、ちょっとしたアクセントになっているのも良かった。

オメガバースがBLジャンルで定番になり、様々な作品の中で多様なオメガの悩みが描かれているけれど、この小説は一味違う視点から描いていて、オメガバースCPの愛の所在を「オメガバース性の存在しない世界」に飛ばされたことで見つめ直していくという設定が面白かったです。
スピンオフの「 オメガは運命に誓わない」の方も読みましたが、私はこの「運命の向こう側」の方が、オリジナリティもあり、作品としての筋書きの太さも良かったと思います。


では、また!
浅葱 拝